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エンバーマーについて
2006年04月18日 (火) | 編集 |
お別れ、安らかな顔で
「エンバーミング」に関心高まる



asahi.comニュースにおいて、
エンバーミングが取り上げられていました。
2006.04.17 エンバーミング記事へ



「お棺をのぞき込んでのお別れは無理だと思っていた。
これで孫たちに死に顔を見せられる」

「病死の場合、長い闘病生活で人相が変わることも多い。
事故死では骨格が激しく損傷していることも。
こうしたケースでも、生前の写真をもとに、なるべく安らかな姿に修復する」





私がエンバーマーの存在について知ったのは
この一冊の漫画からです。

死化粧師
『死化粧師』著:三原ミツカズ(祥伝社)



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エンバーミング


私が身近な人の死に立ち会ったのは、
中学1年生のとき。祖母でした。
(恐らく初めて人の「死」を意識した)
祖母は入退院を繰り返す人で、
火葬で焼き残った骨がボロボロになるくらい、
最期は病に蝕まれていました。
幸いに表情が眠るように安らかで美しかったと記憶しています。
無類のおばあちゃんコだった私は、
家に帰ってきて棺に入れられて骨になってゆく祖母を
何処か遠くにただ行ってしまうように感じました。
「痛かったろうな、苦しかったろうな」というよりは
「静かにやすらかに、ただ何処かへ行く」ような…。


今思うと最期のお別れのとき、安らかな姿を見られるか否かは
残された人のその後の人生にもかかわる重要なシーンだと思います。
それは残った人間が真に決別するためには
逝なくなる人間としっかりと向き合う必要があるから…。
そのためには、生きたことが幸せだったと思える
最期の顔が必要だから…。

もしもこれから私の身近な誰かが
病気や事故で傷ついて亡くなってしまったとしたら
(自分が死んだときも(?))
死顔を見つめられず、さよならをするなんて、嫌だ。
顔をちゃんと見つめながら、きちんとお別れしたいと思う。

「幸せに生きたね」「幸せに生きたよ」と。

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テーマ:医療・健康
ジャンル:ニュース
コメント
この記事へのコメント
こんにちわ~
さあ、誰だかわかる?
みや犬(謎)(。・m・)クスクス

さて、真面目な話。
私も、おじいちゃんとおばあちゃんをなくしていて。
おじいちゃんの時は、そこまでこなかったけど、おばあちゃんを亡くしたとき。二人分の悲しみがきて、一ヶ月くらい不眠症に(^^;

人の死は、これから何度か体験していくとおもう。でも、それに慣れたくないし、そのたびに、心に刻んでいきたいとおもう。

私がなくなるときは、みんなに見守られ、「幸せだった」と思えるといいなー。
2006/05/03(Wed) 21:07 | URL  | まつ #/XG54WAo[ 編集]
コメントありがと~!嬉しいよー!
私も皆も「君がいてよかった」とか「イイ人生だったね」っていえるようでありたい…
しみじみ思うのですよ。

まあ、まだ先だと思うのですが(笑)
思い出してクスクス言い合える人生にしましょ!
2006/05/04(Thu) 01:14 | URL  | にゃっこ。 #-[ 編集]
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